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【フリゲ】『冠を持つ神の手』レビュー! 作りこまれた世界観と人間関係が魅力!【86点】

      2015/07/16

タイトル:『冠を持つ神の手
ジャンル:異世界ファンタジー育成系ADV
点数:86点


冠を持つ神の手のタイトル画面

――好きの反対は嫌いではなく無関心。

嫌われるということは、その人の心を動かしたということ。それよりも心が一切動かない無関心の方が、好きという感情からは程遠い。そんな意味合いの言葉である。

昨今では様々な創作物で目にすることの多いフレーズだ。恋愛という普遍的なテーマに言及しているため使い勝手が良いのだろうか。手軽にシニカルな雰囲気を生み出せるという点でも、使いやすい台詞といえるのかもしれない。

さて。本日紹介する『冠を持つ神の手』は、田舎暮らしの普通の少年が、突然、王位継承者として王城に迎え入れられる話である。そして、王候補たる彼が、様々な事情を抱えた城の住民たちと、交流を深めていく物語でもある。

時に友情を深め、時に愛を語らい、時に憎しみをぶつけ合う。

本作のジャンルは異世界ファンタジー育成系ADVとなっているが、そのゲーム性は恋愛シミュレーションのそれに近いといってもいいだろう。

それもただのシミュレーションゲームではない。極めて意欲的なシミュレーションゲームである。

 

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『冠を持つ神の手』レビュー

『好感度』と『印象度』を操作して、複雑な人間関係に挑め!

一般的な恋愛シミュレーションでは、主人公と攻略対象キャラクターとの関係は、「好き」と「嫌い」を両端に据えた一本の軸で構成されている。

一方、『冠を持つ神の手』では、主人公と攻略対象キャラの関係を表す軸が二本ある。一つは「愛」と「憎」を表す軸。もう一つは「友」と「嫌」を表す軸だ。

これにより「友達としては好きだけど、恋愛性は一切ナシ」とか「めちゃくちゃ嫌いなのに、何だか気になってしまう」というような、複雑な心の機微を表現することに成功しているのだ。

これだけでも画期的なゲームシステムであるが、本作を意欲作と評した理由はこれだけではない。

『冠を持つ神の手』では、相手側から主人公に対しての感情である『好感度』に加えて、主人公から相手に対しての感情である『印象度』もプレイヤーの意思で設定することができるようになっている。

印象度入力画面

通常の恋愛シミュレーションであれば、プレイヤーが主人公の行動を選択した時点で、それに付随する主人公の感情も決定される。好意を表す選択肢を選べば、主人公はそのキャラに対して好意を持っているものとして振舞うし、その逆もまた然り。当たり前のことなので、普段意識することはほとんどないが、一般的なシミュレーションゲームにおいて、キャラクターの行動と心情というのは、常にワンセットとして扱われているわけだ。

しかし、『冠を持つ神の手』は違う。一見して相手を気遣う選択肢を選び行動を起こしつつも、その実、内心では相手のことを嫌っている。そんな立ち振る舞いだってできてしまう。

これが一体どういうことかというと、本作では攻略対象キャラクターと愛情・友情を深めるといった遊び方以外にも、攻略対象キャラクターを騙し、裏切るといった遊び方もできるということだ。

事実、本作では「愛情」「友情」といったよくあるエンディングの他に、「憎悪」「裏切り」「殺害」といったエンディングパターンも用意されている。

言っておくが、物語が途中で終わってしまうような、いわゆるバッドエンドの類ではない。「愛情」「友情」といったエンディングと同列・同格の正規エンディングとして、「憎悪」「裏切り」「殺害」エンドが用意されているのだ。

冒頭でも少し触れたが、本作品の舞台は王城である。そして主人公は、突如として沸いてきたイレギュラーな王候補である。当然、元々王城に住んでいた貴族・使用人らの中には、主人公に対して良い感情を持たない者もいるだろう。そのような物語背景があった上での、このゲームシステムである。

各々の思惑渦巻く王城で、ドロドロとした人間関係に自ら飛び込んでいくプレイスタイルも、面白いのではなかろうか。

 

愛しさ余って憎さ100倍? 「反転」を使って人間関係を急変させよう!

ここまでお伝えした内容だけでも、『冠を持つ神の手』の感情システムが一筋縄でいかないものであることはお分かりいただけたかと思う。

しかし、本作を語る上で忘れてはいけないシステムがもう一つある。それが「反転」だ。

本作の人間関係は、先に述べた「好感度」「印象度」を少しずつ積み上げていくことで決定される。基本的に一度に動かせる幅は、ごくごく微小であるし、それまで愛情方向に振っていた値を、いきなり憎しみ方向に切り替えることはできない。

具体的には、現在の「印象度」が愛情方面に10振られており、新たに変化させることのできるポイントが3だとすると、取りうる「印象度」は愛情方向の7~13の間となる。この変化幅を超えて、いきなり憎しみ方向に3振ったりすることは、通常はできない。

しかしながら、このルールを無視して「印象度」を大きく変化させる方法がある。それが先に述べた「反転」だ。

「反転」は、「印象度」が一定値以上の場合に使うことができるコマンドだ。この「反転」を使うと、それまで積み上げてきた「印象度」の正負が反対になる。つまり、愛情方向に80振ってある状態で反転コマンドを使うと、憎しみ方向に80振ったのと同じ状態になるわけだ。

一見すると回りくどく不必要なシステムに思われるかもしれないが、一部のキャラクターと愛情を築くには必須となるシステムだ。

攻略対象キャラクターの中には、主人公に対して良くない感情を抱いている者がいることは、先に述べたとおり。そのような人物に対して、友愛度をあげるような行動を起こしても空回るだけである。そんなときに役立つのが、この「反転」システムというわけだ。

イベントシーン

相手がこちらを嫌っているなら、こちらもそれに合わせてしまえばいい。徹底していがみ合い、憎悪・嫌悪を高め合い、互いが互いを無視できなくなったところで「反転」を引き起こす。

歪な愛情の出来上がりである。

 

複雑な好感度システムが生み出す「リアリティ」と「非リアリティ」

ここまで説明してきたように、本作の好感度システムは、なかなかに複雑である。このシステムにより従来のシミュレーションゲームよりも深い人物描写・心理描写ができるようになったことは間違いないだろう。

本作は異世界ファンタジー物であるが、一方で王城に渦巻く陰謀や、その中で生じる葛藤や軋轢は、下手な現代物よりもよっぽどリアリティのある描写がされている。

その一方で失われてしまったリアリティもあるように思える。登場人物たちとの一体感のことだ。

本作品における主人公の心情が、プレイヤーの裁量によって決定されることは、これまで述べてきた通りだ。通常、プレイヤー側に多くの選択を委ねるというゲーム構造は、プレイヤーとキャラクターの一体感を高める方向に作用することが多い。しかし、本作品においては逆方向に作用しているように思える。

日々の行動はおろか、その心情すらプレイヤーの意のままに操られる主人公。プレイヤーの分身というよりもむしろ、プレイヤーという神に操られる一つの駒としての側面が強く出ているように感じられた。

冒頭で本作品のゲーム性を恋愛シミュレーションのそれに近いと述べたが、より正確には、神の視点で執り行われる、運命操作シミュレーションゲームとでも呼ぶべき代物なのかもしれない。

タイトルにある「神の手」というのは、実はプレイヤー自身のことを指しているのではなかろうか。そんなことを考えさせられるゲームである。

 

作りこまれた世界観にも注目!

本作『冠を持つ神の手』で語る上で見逃してはいけないもう一つのポイント。それが、作りこまれた世界観・舞台設定である。

王位継承に必要となる選定印、成人するまで性的に未分化な三足族といった物語本編に深く関わってくる設定は勿論のこと、それ以外の歴史・風土・宗教といった細々とした設定にしても、非常に良く作られていると思う。

これらの練り込まれた設定の数々は、本作の物語に多大な説得力を与えているといってもいいだろう。

育成パートの単調さなど改善して欲しい点が全くないわけではないが、それでもこの『冠を持つ神の手』がフリーゲームのアドベンチャーゲーム・シミュレーションゲームというジャンルを代表する傑作であることは疑いようがない。

重厚な物語・複雑な人間模様。これらのワードにピンと来た方は、今すぐ本作をプレイしよう。決して後悔はしないはずだ。

 


『冠を持つ神の手』のダウンロードはこちらから。
(Vectorの作品ダウンロードページに飛びます)

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