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特定秘密保護法案の是非を問う | 新聞コラム斜め読み-2013年12月7日-

      2015/05/20

特定秘密保護法案が参議院を通過した。それを受けて各紙社説・コラムは特定秘密保護法案一色である。

日経新聞『春秋』では、12月5日のネルソン・マンデラ氏の死去と12月6日の秘密保護法の成立を並べ、ともに忘れられない日になったと述べている。

加えて、菅官房長官の「まだ理解いただけていない点については、今後真摯に説明をしていく」といった発言に対して、成立と説明の順序が逆だと批判。

最後はマンデラ氏の生涯を不屈と評した上で、これから秘密保護法が施行されるまでの一年間、ノーと言い続けることも大切な不屈であると表明し締めくくっている。

さて、この成立と説明の順序が逆だという指摘。初見の時点では頷きそうになってしまったが、実際には見当違いな指摘であると言わざるを得ない。

この秘密保護法は衆議院、参議院ともに賛成多数の票を得て可決された法案である。少数派となった反対勢力の中には未だこの法案を理解できていない層がいるのも事実だろうが、多数決により賛成となった以上は法案を成立させねばなるまい。

全会一致を待っていては何一つ物事を決めることはできない。どんな問題に対しても賛成派と反対派はおり、そして問題の是非とば別の次元で頑なにノーと言い続ける勢力はいるものだ。

代替案を出すことなく秘密保護法にノーと言い続けることを表明している日経新聞、および他大部分のメディアも本件についてはその類だと言えるのかもしれない。

そういった層に配慮して決められない状態を続けるくらいならば、適当なところで議論を切り上げ決を採る。そして物事を前に進め、その結果に問題があるのであれば、その後の選挙で国民に信を問う。それが民主主義の仕組みというものではないのか。

その上で法案が可決された後も反対派を切り捨てるのではなく説明責任を果たしていくと官房長官は述べたのだ。これのいったいどこが問題なのか。

仮に成立と説明の順序が逆であるという指摘が成り立つとして、その場合に問われるべきは法案内容ではなく政治家及びその政治家を選択した我々国民、ひいては民主主義のあり方そのものということになるだろう。

一方、産経新聞『産経抄』

先日の朝日新聞の記事を大げさな作り話と皮肉りながら、秘密保護法に対する過度な警戒に対して疑問を呈している。

こちらは本法案に対して、諸手を挙げて賛成できるものではないが、昨今のアジア情勢を踏まえれば必要性であろうと賛成の立場を表明。

その上でこの法律が施行されて畏縮するような記者は小紙にはいないとの啖呵を切ってコラムを締めている。

コラムニスト本人が言っているように先の啖呵は格好つけ過ぎなきらいがあるが、ジャーナリストが持つべき矜持として正しいものだとも思う。

本法案を批判している各メディアには、むしろ本法案の対象となるような特ダネをすっぱ抜いてこれるよう、より一層の働きを期待したい。日本版ウォータゲートでも起こればメディア冥利に尽きるのでは?

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