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戦後と今後 | 新聞コラム斜め読み-2013年12月1日-

      2015/05/20

日本傷痍軍人会が11月末日をもって解散となったことを朝日新聞『天声人語』が伝えている。会員の減少、高齢化により運営が困難になったためという。

恥ずかしながら私はこのような組織があることを知らなかった。戦後生まれの人間として戦争というのは単なる記録であり実感が乏しかった。しかし終戦より68年を経た今でも癒えない傷跡というのは確かにあるようだ。

日本傷痍軍人会の最後の会長となった91歳の奥野義章さんは言う。「(解散の理由は)戦争が無くて平和が続いたからですよ」と。

本件コラムではこの件を受けて、戦争体験を語る人も少なくなったとしている。総務省統計局が発表している世代別人口分布の試料によると、65歳以上の人口比率が23.3%、75歳以上では11.5%となるそうだ。日本の超高齢化を示す数字ではあるが、先の大戦当時、すでに物心がついているような方はもう1割程度しか残っていないと考えれば少なくなったなという気もする。

子供時代、学校の平和学習の一環で戦争経験者の体験談を聞いたことがある。今でも終戦記念日の前後にはTVなどでそういった特集をよく見かける。

経験者の生の声を後世に、ということだろう。確かに大事なことだろうが、それもいつまで続けられるのか、という時期に差し掛かっている。

人間の寿命は有限だ。我々が平和な時期を長く享受すればするほど、戦争の悲惨さを知るものの割合は少なくなっていくことになる。恒久平和というものが成り立つのであれば、その構成要因は戦争を体験したことが無いもののみで構成されることになる。

日本にはその地方に古来から伝わる民話や伝承を後世に伝える役割を持った語り部という一族がいた。親から子へ、子から孫へと絶やすことなくその地の伝承を後世に伝えていった。それらは記録であるとともに、生きた記憶でもあったろう。

先の大戦についても語り部の世代交代が必要な時期なのだろう。戦後生まれの人間の一人として、その重荷の一端でも受け止める覚悟があるか、また次世代へと繋げることができるのか。軽々しく答えは出せぬが、自らに問いかけ続けることを忘れないようにしたいと思う。

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