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山の向こうに神を見る | 新聞コラム斜め読み-2013年11月25日-

      2015/05/20

人の行き来を拒むかのようにそびえ立つ深山は、古来より神々の住まう場所、神奈備として畏怖と信仰の対象であった。文明の発達・人類の活動領域の拡大に伴い禁足地と呼ばれるような場所は無くなりつつあるが、それでも甘い心構えで山に挑めば命を失うのは今も昔も同じである。

11月25日付け朝日新聞『天声人語』では、冠雪した富士の姿を玲瓏(透き通るように美しい)と評し、多くの人を惹きつけてやまないとする一方で、先日富山県の立山で起こった雪崩による死亡事故を引き合いに出し、冬の山というのは元来自然が人を拒絶している場所であると述べている。

先に触れた立山の雪崩事故の件、犠牲になった7人は熟練のスキーヤーだったという。当日は快晴の登山日和だったというが、一方で先週からの好天で不安定になった雪面の上に雪が降ったため雪崩が起こりやすい状況でもあったらしい。

熟練者故の油断か、あるいは大自然の気まぐれか。
事故が起こった後も現場周辺で山スキーに興じるものが多く居ると聞く。控えろとまでは言わないが、自分の命を守れるのは自分だけということを重々承知したうえで安全管理に気をつけ臨んで欲しいと思う。

天声人語では名登山家が残した警句として「そのもっとも平穏な日において、山の凶暴さを思え」という言葉を紹介している。調べたところ、近代登山の先駆者の一人、大島亮吉さんが残した言葉のようだ。

人が居ようが人が居まいが、山は超然としてそこにある。山は人を省みない。そこが美しくもあり、恐ろしくもあるのだろうか。

続いて、産経新聞『産経抄』。こちらも山つながりのコラムとなっている。もっともこちらは山は山でも海底火山にまつわる話だが。

先日、海底で起こった火山噴火により小笠原諸島沖に新たな島が誕生した件についてのコラムだが、書き出し部分は、出雲の祭神「大国主命」の話となっている。

なんでも国文学者の益田勝実さんが言うには大国主の元の名である「オオナモチ」は「オオアナモチ(大穴持)」のことであり火山の噴火口を指しているという。つまり、大国主命は火山の噴火に対する恐れを神格化したものだ、と。

今回起こったオオアナモチの神の火は、首都直下地震や南海トラフ地震との関連性は無いそうだ。それでも日本人が古来より畏れ崇めた神の火に対する不安は消えることはないだろう。

昭和27年に伊豆諸島沖で起きた海底火山の噴火では「明神礁」と呼ばれる新島が生じた。この時、海上保安庁の測量船が噴火に巻き込まれ、31名の殉職者を出すという事故も起こった。

3年前に亡くなった益田勝実さんの机の上には、この噴火の際に生じた真っ白な軽石が置かれているらしい。この「明神礁のかたみ」を見つめながら、益田さんは「神の火」について考え続けていたに違いない。そんな一文で、このコラムは締めくくられている。

話は変わるが、神の火と言われてギリシア神話のプロメテウスの火の伝説が思い浮かんだ。
人類を哀れんだプロメテウスは天界から火を盗み人類に与えた。このおかげで人類は文明を手に入れたが、一方で兵器の発達により争いが生じるようになった、という話である。

この話から転じて原子力のことを第二のプロメテウスの火と呼んだ時期もあったのだが、さてこちらの神の火は今後どうなっていくことだろう。

大自然に宿る神々にしろ人類が生み出してしまった神々にしろ迂闊に触れると手痛いしっぺ返しを受けることは両者共通のようだ。触らぬ神にたたりなし。後者に関してはそうも言っていられないのが頭痛の種だが。

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