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勤労感謝の日に労働について思う | 新聞コラム斜め読み-2013年11月23日-

      2015/05/20

11月23日は勤労感謝の日。なのだが、土曜日と被ってしまっては正直有り難味が半減する。

もっとも国民の祝日全15日の内7日も土日と被っていたデスイヤー2012年と比べれば今年の暦は天国のようなものだが。

さて、11月23日付け朝日新聞『天声人語』は勤労感謝の日ということで労働に関するテーマのコラムを取り扱っている。

美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」に始まり、大卒サラリーマンの退職金の減少、定年まで同一会社に勤めたいと思う新卒者の減少などの諸問題に触れている。

これらの原因を内定獲得を優先し志望先を高望みしなくなったことなどと記載しているが、はてさて実際のところはどうなのやら。

解雇規制緩和に関してやんわりと異を唱えるなど、全体的に新卒で入った会社に定年まで勤め上げるという従来型の労働モデルを賛美する内容のようだが、昨今の情勢でそれはどうなのかと思う。

企業側が終身雇用を維持することが出来なくなっているにも関わらず、労働者側には一企業に対しての忠誠を誓わせるとはいかがなものか。

そもそも労働は美徳という価値観自体に無理が出始めていると思う。様々な業種であらゆる効率化が勧められており、昔に比べれば少ない労働力でより高品質な製品を生み出すことが出来るようになった。この傾向は今後も一層進むだろう。

必要となる労働力が少なく済むようになり多くの人が労働から解放される、というのが本来の筋だと思うのだが、現実にはそうなっていない。効率化したらしただけ別の仕事を増やされるというのが実情だろう。

結局のところ、効率化を行う→効率化した分だけ仕事量が増える→生産過剰・サービス過剰による過剰供給でサービスの価値が下がる→企業利益の減少→従業員の給与の減少といった負の連鎖を延々と繰り返すだけなのだ。

自らの首を絞めることになる悪しき習慣から、そろそろ解放されるべきだろう。

アリとキリギリスの寓話に対する解釈のひとつにアリのように生産一辺倒の者ばかりでは生産過剰で経済が破綻するので宜しくない、といったものがある。キリギリスのように消費活動を行うものが必要だ、と。
もっとも消費一辺倒では寓話のキリギリスのように飢え死にしてしまうので、アリを招いてコンサートを開き食料を分けてもらうのが良い、とも書かれていたが。

生産過剰を防ぎつつ利益を上げるために付加価値を付けるというやり方もある。企業としても出来るなら、この方法で利益を上げたいというのが本音だろう。

だが、付加価値なんてそう易々と付けられるものだろうか。最近の新製品や新サービスを思い浮かべて欲しい。斬新な発想で生み出され、素敵なユーザー体験を提供してくれる。そんなサービスも確かにあるだろう。だが大部分は取って付けたような新機能だったり、もはや悪い冗談としか思えないような新サービスだったりしないだろうか。

そういったサービスを生み出すにはセンスや運の要素がどうしても絡んでくる。努力をすれば誰でも生み出せるといったものではない。故にすべての人間に対して求めて良い類のモノではないと考える。

一握りの成功者、アイデアマンを残して後は死ねと言い放つならば話は別だが、そうでないならば雇用創出のためにわざわざ無駄な作業を生み出すという無駄を容認するか、あるいは働かずとも飢えずに済む社会システムを構築するかのいずれかではないだろうか。

未来の世の中がどのようになるのかは分からないが、自分で掘った穴を自分で埋めることに美徳を見出すような世の中にならないことを切に願う。

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