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始まりの情熱 | 新聞コラム斜め読み-2013年11月18日-

      2015/05/20

何かを表現したい思いはあるが演技力がない。演技力を身につけた時には今の生々しい思いが消えているかもしれない。どうすればいいですか。

半沢直樹で人気を博した俳優、堺雅人さんが高校時代に恩師である藤一彦さんに発した言葉だそうだ。本日付けの熊本日日新聞のコラム、『新生面』に書かれていた。

形のない、曖昧な、だけれでも確かな熱量を持った思い。それを表現したいと思ったことは誰にだってあるだろう。若者は得てしてクリエイティブな活動に憧れる。大部分は自らの技能不足のために、その憧れを捨てる。修練を詰み、技能を成熟させることが出来たとしても、若き日の形無き熱意を失わずにいることは難しい。そうして我らは現実へと帰属する。

堺さんの問いに対して、伊藤さんがどのような返答をしたのかは、先のコラムでは書かれていない。当時の情熱は今も残っているのか。その時の焦燥をいかにして乗り越えてきたのか。答えはない。ただ昨今の好演がその代わりといえるだろうか。

今もなお漠然とした憧れを捨てきれない身としては眩いばかりである。

話をコラムに戻す。

『新生面』では堺さんの演技を「いろいろな顔を見せる」と賞賛した上で、「いろいろな顔といえば少子化、消費者行政、特定秘密保護法案まで担当する森雅子大臣は」と続く。

右往左往する発言内容のせいで、野党から「当事者能力がない」とまで言われてしまった森雅子大臣。特定秘密保護法案の不透明さと併せて、そのような態度では「大向こう」が許すまいといった締めくくりになっているが、はてさて。

政治の世界に入ると決めた際に持っていたであろう情熱と、それを実現するだけの能力。今、それらが身についているのかどうか、今後の動向をじっくり見つめたいと思う。

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