黒色ワナビーの住処

フリーゲーム・ブラウザゲームをやりながら筋トレで体を鍛えるブログ

終活のあり方と陛下のお心遣い | 新聞コラム斜め読み-2013年11月16日-

      2015/05/20

哲学者ハイデガーの著書『存在と時間』には、「先駆的覚悟性」という用語が出てくる。人間にとっての唯一確実な未来である死を、先駆けて覚悟することで人は真に人になる、ということらしい。
もっとも『存在と時間』は、ただでさえ難解な哲学書であり、おまけに未完の書であるために、正しい解釈をするのが極めて困難だ。上記の解釈が正しいのかどうかは私には分からない。

以前にちくま学芸文庫版を読んだことがあるのだが、その当時の私の感想は「夏休みの宿題を最終日に慌ててやるような奴は、ろくな大人にならないってことか」だったりする。個人的には案外悪くない解釈だと思うがどうだろうか?

あまり調子に乗ると哲学専攻の方からお叱りを受けそうなのでこのあたりでやめておく。

いきなり脱線してしまったので本筋に戻る。本日取り上げる新聞コラムは産経新聞『産経抄』

冒頭は最近ブームと聞く「終活」の話。「終活」とは、自らの最期に備えて葬儀の段取りや相続の手はずをあらかじめ決めておく行為のことをいうのだそうだ。これもひとつの「先駆的覚悟性」といえるだろう。

死に臨む姿勢は人によって様々あるだろう。生き方が千差万別なように死に方も千差万別である。

そういった千差万別のひとつとして数えてはあまりに不敬だろうが、先だって天皇・皇后両陛下がご自身らの葬儀のあり方についてのお気持ちを公表された。
いわく、国民負担の軽減を図るためにこれまでの土葬から火葬に変える。また皇后陛下との合葬を望まれる、と。

こうした両陛下の思し召しに対し、『産経抄』では「畏れ多し」という言葉しか出てこない、と述べている。
その上で、簡素化される予定のご葬儀に対し、葱華輦という輿で柩をお運びする儀式については、ぜひ残してほしいと要望を述べている。葬儀は死者だけでなく、残された生者のためにもある。それを迷惑と感じる国民はまずいないはずだから、と。

その一方で、一部ネット上では本件に対しての物騒な発言が飛び交っているようだ。
聞いたところによると、今回のニュースを取り上げた某有名掲示板のスレッドで、「今すぐ火葬しよう。別に生きたままでも同じだろ」と発言した輩がいるらしい。以後そのスレッドは、発言主を反日思想の在日韓国人と断じ徹底的に罵る展開となっている。

両陛下のお心遣いに対して、かような発言を返す。いかに思想・信条の自由があろうとも看過出来るものではない。だからといって発言主に対して「死ね」だの何だのと応じるのも感心出来ないものがある。わざわざ相手の程度に併せてやる必要もないだろう。「バカと議論するな。傍目にはどちらがバカか分からない」という奴である。

もっとも先の靖国神社放火未遂などを思えば、このような書き込みに対しても十分な注意・警戒は必要だろう。発言者の特定およびしかるべき処罰を望む。

それにしても何かと世知辛い世の中である。

先のコラムで取り上げられていた話だが、終活を進めるうちに、死んでからもあの人とは一緒にいたくないと望むようになる夫婦も少なくないそうな。互いを思う両陛下とは対称的である。

確かに「結婚は人生の墓場」なんて言葉もあるが、どうせならば同じ人生の墓場に入っても後悔しないと断言できる相手と添い遂げたいものだ。と、独り身が書いたところで空しいだけだが。

 - 新聞コラム