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第三回将棋電王戦を終えて。人とコンピュータの未来に思うこと。

      2015/06/18

第三回将棋電王戦が終わりました。結果は1勝4敗。プロ棋士チームの敗北。

結果だけ見れば、コンピュータは既に人を超えている、という一部の意見を裏付けるような形になりました。

まして今回のレギュレーションは前回と比較すると、同一ハードの使用や事前貸し出し有りなどと棋士側有利と言われていたものです。

そのようなレギュレーションでも勝利を掴み取れなかった。このことがより一層ソフト側の強さを示しているように感じます。

もっとも棋士側有利のレギュレーションとはいえ、それはあくまで前回のレギュレーションと比較してのもの。

人間VSコンピュータという異種格闘技戦において、どのようなルールが適切なのかというのは今後も協議と実践を重ねて探っていく必要があるでしょう。

その結果、人とコンピュータの適切な関係というものが築かれていくのだと思います。

陳腐な例えで恐縮ですが、マラソン競技において人間のランナーと自動車を同じ土俵で走らせたとしましょう。その結果、自動車側が勝ったとしても、マラソンランナーに対して「お前は遅い、存在する意味が無い」と言う人は居ないでしょう。

第二回電王戦のPVの中でPuella αの開発者の伊藤英紀さんが「人類は自分たちが一番頭が良いと思ってきたが、それが覆されてショックを受けている。21世紀はそれを受け入れていく時代になる」といった趣旨のコメントをされてますが、私はこの発言に全面的に賛同します。

今後、将棋に限らずあらゆる分野で人類の力が及ばない領域というものが出てくるでしょう。

現時点でも部分的ではありますがそういった傾向は出てきていると思います。

5年10年のスパンでは大きな変動は無いでしょうが、20年30年のスパンで考えれば、肉体労働はロボットに取って変わられ、頭脳労働に関しても先端研究などに関わる一部のイノベーターを除き、人工知能に取って変わられるような未来が来るかもしれません。

シンギュラリティという2045年問題も一部で取り沙汰されていますしね。

 

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閑話休題。話を将棋に戻します。

人とコンピュータの対局ルールを考えなければと言う話でしたが、今回の第三回電王戦の会見で、森下卓九段が興味深い意見を出されてました。

将棋は良い手を指した方が勝つのではなく、悪い手を指した方が負ける。秒読みは一手15分、人間側は継ぎ盤利用可(対局用の盤とは別に、検討用の盤を用意して駒を並べて検討すること)のルールならば私は負けません、と。

興行を考えた場合、継ぎ盤の利用は絵面的にどうなのかなぁ、という気もしますが、それでヒューマンエラーを排除できてより良い将棋がさせるというのなら私はありだと思います。

将棋ソフトに詳しくない人間がアレコレ語るのもどうかと思いますが、現状の大部分の将棋ソフトは、プロ棋士の棋譜を元に評価関数のパラメーターを自動生成して、それを元に最善手を計算で出しているそうです。

つまりある程度以上の精度の評価関数を持ったソフトに、十分な演算能力を持つハードを与えれば、それはまさにプロ棋士全員の合議の上に考え出された最善手を、間違いなく休み無く指し続ける化け物が生まれることになるわけで。

現状ではソフト側も完璧ではなく悪手を指すこともあるわけですが、それでも間違える頻度が人間よりも圧倒的に低いことはもはや疑いようのないところ。

そういった事情を省みた上でお互いが最善を出せるルール作りを考えた場合、森下九段の提言は次回(もしあれば)のレギュレーションに組み込む価値のあるものだと思います。

それに併せて継ぎ盤を別ウィンドウで表示するようにして貰えれば、対局中の棋士が頭の中でどういった局面を検討しているのかを視聴者である我々も見ることが出来るようになるわけです。

コンピュータの読み筋と併せて、対局者の頭の中で考えている内容の一部を観戦者も知ることが出来る。これはこれで画期的なことだとは思いませんか?

森下九段の提案した方法でも、ソフト側の評価関数の精度およびハードの性能が上がってくれば人間側が勝つことは難しくなってくるでしょう。

指し手を読む力では既にコンピュータには適わないが、我々は大局感で勝負するというような意見を棋士サイドから良く聞きますが、極端な話、ソフト側が全幅探索で縦方向に100手先を読むことが出来るようになれば、棋士が言うところの大局感を擬似的に再現することも可能になるわけです。

そしてこの探索の深さに関する部分はハードの演算能力が強く影響する部分ですので、将来的に達成される可能性が非常に高い要素でもあります。

そのレベルに達したソフトを人間が打ち破ろうと思えば、求められるのは定跡をひっくり返すレベルでの発想力。とはいえ、定跡を引っくり返すレベルの新手を限られた時間の中、毎対局指せというのは流石に酷過ぎる。

将来的には対局によって雌雄を決するという方法ではなく、そういった定跡を書き換えるような手をどれだけ生み出せたか、というような部分で互いに切磋琢磨していくような形に落ち着くのかもしれませんね。

故・米長前会長が言われていた人とコンピュータの共存共栄。それが具体的にどのような形になるのかまだ見えていませんが、コンピュータの発展=人類の敗北・衰退では、それこそ意味がないと思うのです。救いがないと言い換えてもいい。

電王戦におけるドワンゴ川上会長のコメントの中に「21世紀の人類の運命、生き方を先に示してくれるのがこの戦いだと思う」というものがありました。

勝ち負けを超えた何かを一局の勝負の中に見出せたのであれば、それは確かに人類の今後を占う上で重要なものとなるかもしれませんね。

最後になりますが、電王戦は私が将棋に興味を持つきっかけとなったイベントです。

今回はプロ棋士側にとって非常に残念な結果となりました。

だからといって負けた棋士に対して失望したかというとそんなことは全く無く、むしろ一局見終えるごとに棋士のことをますます好きに、より一層応援したいと思えました。

コンピュータが人に勝てるかといったセンセーショナルさにおいては第二回電王戦がピークだったでしょうし、第三回も棋士側が敗れてしまったとあれば、人とコンピュータの序列付けは終わった、もはや第四回は必要無いとの意見もチラホラ聞こえます。ですが、私個人は電王戦が今後も続いて欲しいと思っています。

強いからファンになるという人も確かにいるでしょう。ですが、それ以外の要因によって誰かを好きになる、応援したくなることも確かにあるのです。

通常の対局では中々見れない棋士の一面を見せてくれる電王戦。是非今後も続くよう切に願います。

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